今はない生家のほど近く、環濠をはさんで南宗寺まで300m程の位置、海はもう近くはないが船待神社というのは良い名だ。
大宰府に向かう途上の菅公が腰を掛けたとう石もある。
行政区画の変更を記念して立てられた碑。
題の書丹は公爵近衛文麿。
大正十五年十月建碑。
巣鴨プリズンへの召喚を前に青酸カリで自殺するのはこの二十年と二個月後。
東の鳥居を出て20メートル程、チンチン電車の踏切の手前。
正一位兼平大明神。
位の割りには随分低いところにおわします。
拝すともなく佇む小生に、通りがかったジャージ姿の青年が所謂ガンを飛ばしてきたが、気にせず東に向かう。
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