渡ったのは去年も暮れ三十日。
年の境を挟み、正月気分を引っぱりたいのである。
新淀川大橋、敢えて北より。
大鳥居越しに境内、初詣の支度か職員がホースで水を撒いている。
参拝も軽く、社殿の左傍らを進む。突き当たりに句碑一基。
置く露や置いても置けぬ置き処 壺月
面白い句だと思う。借りの宿りもままならないと言うのか。
伊勢物語の一段にある歌を引きたくなった。
白玉かなんぞと人の問いしときつゆとこたえて消えなましものを
そう言えばここから江口もそう遠くはない。
俳人・壺月については未詳。
句碑は遥拝所碑と並び茂みの奥に。
神社の現経営者としては、こういった物の置き所に困っているのかもしれない。
歌道に縁のある神社ではあるのか。
南に下る。新御堂筋の一筋東、源光寺の門前、東海道本線の高架をくぐり。南濱墓所。
日本で最初の墓場だそうだ。火葬もここが起こりという。
つつましい一基。
「何の木や」以下が剥落している。
総合電気メーカーのテレビCMのメロディーが頭の中で繰り返す。気になる、気になる。
ピカピカした御影石に無粋な機械彫の文字というのは一つも見当たらない。
読むべきものが多い中、ゆかしく感じた一基を挙げる。
(篆題)児神
女名波二。姓龍田。難波産也。幼而才敏。異於衆児。 六
歳好読書。能草書琴瑟成章。一日罹痘疫而医薬不
遺言曰。詩曰。無非無儀。無父母詒罹。嗟父母無憂。我死
皆涕泣言。天凶才児。可貿分身。以易之矣。其愛惜於人如
此。享保甲辰五月十九日生。辛亥七月十九日卒。年八歳。葬
于北濱之地。作一絶。以述哀情。云。
窈窕女児吟読声。餘音触耳愛情清。
一朝嬰病命頓絶。契闊死生足誦名。
龍田氏が疫病に急逝した娘を祀る墓誌銘。
こういった文章は先ず人の生前の有り様を讃えるものであるし、親馬鹿も入ろう。六歳で読書を好み、草書、琴瑟を良くした、という所まではふむふむと読んだ。
八歳(数え年だらか実際は七つ)の娘がこと切れる前、詩の文句を引いて、私が死んでも悲しまないで、と言ったというのだ。
後で調べると詩経・小雅・斯干からの引用である。
末尾の七言絶句を訳してみる。
かわいい娘が本を読んでいる。
その声が耳に届く度、愛しさが増す。
ある朝突然、病が娘の命を奪った。
生死の隔たりが私に娘の名を呼ばせるのだ。
漢詩で娘を失った悲しみを述べるというのは現代からはとても遠く感じられる行為であろう。
詩の巧拙など分からないが、これは真情が胸に来た。
大阪三郷大火
五十回忌追善供養
焼死水死精霊
新御堂筋に戻り、向こうは茶屋町。ビル間の道を抜けて阪急梅田駅下。かっぱ横丁、古書街をぶらぶら。
中尾松泉堂は値の付け方が辛いのでもっぱらウィンドウショッピング。
春のはじめの酒ほかいのうた
初春のけふの豊御酒
ゑらゑらにかくしのみてな
よろづよまでに
宣長
値は付いていない。真蹟なのであろう。
正月だ。美味い酒だ。
にこにこと、こんな風に
ずっと飲んでいたいね。
と、言うのである。
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